HalseyとArca新作に見る「絶対安全地帯」から鳴らされる音へのアンチテーゼ
タイトルの「絶対安全地帯から鳴らされる音」とは、マーケティングの産物であり商業化されたコマーシャルベースの音楽のこと。ひと昔の言葉で言うと「産業ロック」。自分にとってはボン・ジョビであり、クイーンであり、U2であり、コールドプレイである。
みんなでシンガロングできる音楽の意義もそれなりにある。幼少時、80年代にラジオから流れていた音の大半はそんな音楽だった。今ノスタルジーをもって聴くと80年代映画で流れてくるフィル・コリンズなんか最高である。安っぽいスネアとシンセ音はまさに80年代。日本でAORと呼ばれている音楽、アメリカではおそらくアダルト・コンテンポラリー・ロックというジャンルは、今でもBGMとして軽く聞き流すにはオシャレで最高。
ただ、現在進行形の音楽としてそのような音楽を聞きたいかと言えば、自分の答えは一貫してNO。コンビニで鳴ってる音楽を聞きたいならばコンビニに行けば良い。できるだけ誰も知らない良質な音楽を常に発掘していたい。
そんな「産業ポップ」「産業ロック」が相変わらず蔓延っている最近、自分の耳を捉えた音楽がHalseyの新作とArcaの新曲。
Halseyという人は前作のジャケからしてパッとしないカントリーポップ(失敬)としか認識しておらず完全にノーマークだった。
なので、新作の、まるでHBOドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」のような台座に座って赤子にチチ出し授乳している衝撃的なジャケを見ても同一人物とは認識できなかった。
更に音を聞いてみて驚いたのは、これは一聴して実質ナインインチネイルズではないか、ということ。実際に全曲がトレントレズナーとアッティカ・ロスによるトラックらしい。しかもナインインチのトラックに女性ボーカルが乗ると新鮮に聞こえること、この上ない。
アルバムタイトルは、「我、愛が得られずんば権力を欲っす」(筆者超訳)
シングルカット曲は、「わたしゃ女じゃねえ、神様だよ。」(筆者超訳)
最高にヒリヒリするロックじゃないか。どうして、こうなった?!
経緯を探ろうと最近の日本の洋楽誌を漁っても完全ノーマークだった。日本のロックジャーナリズムよ、もっとちゃんとしてくれ。
英語版Wikipediaによるとシネマティックな音にしたくてトレントにアプローチした模様。カントリーポップからいきなりゴスの女王になった27才。今後が楽しみである。
次の曲はArca新作からの先行シングル、「Born Yesterday」。
00年代以降、下火となりアンダーグラウンドになりつつあるエレクトロニック・ミュージック。その中でビョークともコラボし、イノベイターであり続けたArca。この人のディスコグラフィは近未来的な音で満たされており、過小評価も甚だしいと思う。
またこの人は性自認が女性だったのか、このMVでは完全に見てくれが女性になってしまった。しかもかなりキレイである。
その時代を先取りした外見のフリーキネス、アバンギャルドさ加減を補って余りあるのがSiaのゲストボーカル。この新曲では同じくアバンギャルドな方向性が一致しているビョークではなく、普遍的なメジャー感のあるボーカルのSiaを選んだのが大正解で、ラジオから流れても全く違和感のないポップスに聞こえる。その背後では終始プチプチと変態的な電子音が聞こえてくるのが、特に最高。
まさにSia自身が体現している産業ポップに対する革命である。